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受けの手筋

月一のブログネタ用に丁度良いのを発見。

昨日の深夜、アンコロキングによる配信があった。(時間の経過により、現在は視聴不可)

配信に関わる諸々の経緯はアンコロキングのブログにて詳細が書かれている。

召喚されたロリータな焼肉が色々と楽しい状態になるのを(・∀・)ニヤニヤしながら見る配信であったが、その他にも全体牌理や受けの手筋の実例が説明されているので、そのような事に興味がある人は見るといいよ。
アンコロキングに加えて、ゲストで来たロリータな焼肉の解説も分かりやすく非常に質の高いものなので、必見と言って良いかも。


受けの手筋

俺が理解しているはずの範囲で書いてみる。

いつも述べている事だが、こういう考え方もあるよという事であって、この方法が正しいと主張するものではない。


他家のリーチ等の攻めに対して、危険牌を持って来たり、こちらの態勢が整っていない等の状態になった時が受け。
反対が攻め。

・受けと感じた時の例

受けの判断は、理屈でガチガチに考えようとしないで、こんな感じかなと思うのが分かりやすいかも。


1:配信で使われたもの(アンコロキング牌譜)。
この二筒引きあたりで受けへ。
八萬は行けると見ていたとの事。
 
2:俺の例その1、この六筒は対面の当たり牌と強く感じたので受けへ。
 
3:俺の例その2、この八筒引きで受けへ。


重要な事は、受けの状態になった事をまずは受け入れましょうという事である。
それは、ベタ降りをする事でもなく、ヤケになってゼンツをするという事でもない。
素直に、一手遅れになった自分の状態を受け入れる事である。

素直に受け入れるためには、欲があってはいけない。
和了りたいという欲があればゼンツになりがちであり、振りたくないという欲があればベタ降りになりがちである。

この事からも分かるように、欲を無くすとか揺れない心というのは、お題目的な精神論ではなく、勝つために必要不可欠な技術・能力の一つである。


話を戻してと、この受けの考え方であるが、牌理の形が噛み合うかという概念が考え方のベースとなっている。
こちらが攻める事ができる時は、牌理的に形が噛み合うので自分の余剰牌は相手のピースに噛み合わない。
逆に、受けになっている場合は、牌理的に形が噛み合わないので自分の余剰牌は相手のピースに噛み合う。
(持ってきた牌が余剰牌である場合に、それが相手の聴牌形と噛み合う)

つまり、自分の余剰牌が相手の必要牌になる噛み合わせかどうかである。
まっすぐ前に出るのは余剰牌を切っていくこと。
受けるのは余剰牌を抑え、可能なら再構築していくこと。


地球は宇宙の一部である。
まず宇宙があって地球がある。
宇宙の理を無視して地球は動けない。
同様に、麻雀も場を無視して自分の手は動けない。

例えば、麻雀牌は有限個なのだから、その場で4枚使われている牌の5枚目はどう頑張ってもツモってこれない。
また、他家が萬子で染めているならば、萬子は山に少ないであろうし場にも出づらくなるだろうから、自分は萬子で二面子作るのが難しくなるであろう。
この様に、自分の手を基準に考えるのではなく、あくまで全体の中で自分の手はどうなっているのかを考える。


噛み合わせの具体例を出すとこんな感じである。

自分が一筒一筒二筒三筒四筒四筒五筒と持っているとする。

そうなると、自分が一筒四筒を4枚使っているので、他家の手の中に筒子の下がある場合、二筒三筒という形で残りやすい。

つまり、自分の一筒一筒二筒三筒四筒四筒五筒と対になる塔子二筒三筒を持っている他家がいるのではないかと想定できるであろう。

この考え方は非常に重要である。


この状態で、一筒一筒二筒三筒四筒四筒五筒から四筒を切る→相手の二筒三筒一筒四筒待ち)に刺さる。
逆に相手が二筒三筒塔子を外す→こちらの一筒一筒二筒三筒四筒四筒五筒三筒六筒待ち)に刺さる。

他で面子が足りていて、ここから塔子を一つ削って一面子一雀頭にする時には、多くの人は四筒から打つ。
タンヤオ(喰いタン)を視野にも入れた二筒五筒のタンヤオヘッド振り代わりを見るためである。

問題は、ここで四筒を打つと喰われるというイメージができるかどうかである。
下が一筒四筒で苦しんでいないかチェックしてから捨てる。
下が一筒四筒が必要そうなら、鳴いたら喰いタンにならない一筒から切って、最終的に二筒三筒では喰えない五筒を出す。
一筒二筒三筒四筒四筒の形にする。)
もしくは二筒を切って、状況を鑑みて最終的に四筒を出す切り順にすることもある。


相手の手と合わせて最低26枚の牌理で全体のバランスを見る感じである。
こちらの手に余るものが相手の必要ピースである噛み合わせなら、本来なら余る牌を切らないだけである。

この様に、受けの手筋は流れではなく、あくまで牌の噛み合わせをベースとしたものである。

受けなら受けの手筋、攻めなら攻めの手筋と、その時の形に従う。
そうすると不思議と和了れる。
麻雀は不思議なもので、受ける手は受ける方が和了りがある。
受けると和了れなくなるわけではない。降りとは違う。



さてと、上で取り上げた三つの例のその後の推移をそれぞれ見ていくか。

・配信で使われたもの(アンコロキング牌譜)
アンコロキングの解説より。

1:上から出た四筒は鳴かず。
これを鳴くのは攻めの手筋。
今は受けなのだから受けで。
 
2:七萬をツモってテンパイ、そして二筒切り。
もし二筒がフリテンでなければ、三筒を切って二筒待ちにする手もあるが、それは攻めの手筋。
ここは受けなのだから、下の現物である二筒切り。
この様に、ここでも受けの概念が出てくる。
 
3:ツモと。
三筒が当たり牌だと思って止めたわけではない。
受けの手筋で打ったらこうなっただけ。
四筒を喰っていたら、この三筒は下に喰い流れてもいた。


続いて、俺の例。

1:例その1、次巡あっさりフリテンツモ。
読みどおり、対面のリーチの当たり牌だった。
ただし、当たり牌だから止めてこれで和了ってやろうという意識でなく、受けになったから素直に受けただけ。

この手だが、工夫した末に打ち込むならOK。

手牌が行く形になったら行く。
この場合だと、四索六索をツモる、もしくは出たら鳴いて六筒を打つ。

四索六索が来る・出るなら六筒は当たらない。

四索六索が来ない・出ないなら六筒は当たる。
麻雀はそんなものである。
 
2:例その2、次巡八萬をツモって、全体的に見てまだ安全そうな八筒切り。
 
3:索子が来たら索子を生かすが、萬子が伸びたからそれに従って四索切り。
八萬が安牌になってはいるが、何となく素直にテンパイを取った。
 
4:次巡、ツモる。
後で持ってきた、相手の当たり牌の六萬も使い切れている。
 
5:もし、八索西などの安牌だった場合、もしくは安牌になった場合は、その安牌を切る。
最終的に四索単騎になるが、その場合でも二巡後に四索をツモってきて和了れている。
この形になる。六萬七萬八萬四索四索


ここで出した例以外でも、結構こんな感じで和了れてるわけだな、これが。

まあ、こんなやり方もあるという事で。
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